日本のロケットは夏バテする

投稿者: | 2020年1月9日

日本の主力ロケットの打上能力を以下に示す。(Wikipediaより:H-IIAイプシロン

ロケット 打上能力
H-IIA 10,000 kg 低軌道(LEO)
3,600 kg(夏)/ 4,400 kg(夏以外) 太陽同期軌道(SSO)
イプシロン 1,500kg / LEO (250km x 500km)基本形態
365kg / 長楕円 (200km x 30,700km、夏季) 基本形態
365kg / 長楕円 (200km x 33,100km、冬季) 基本形態
590kg / SSO (500km 円軌道)オプション形態

このように、夏だけ打上能力が低かったり、同じ打上能力でも投入軌道の高度が低い。夏バテともいえるこの能力差について考察を行う。実はこれは日本固有であり、日本周辺の季節風と重力損失が密接に関わっている。

追い風を受けたグラビティターン

まず、ロケットが発射後、大気圏を抜けるまでの飛び方を説明する。この飛行フェーズでは、ロケットに過大な空気力が掛からないように、ロケットの先端から真っすぐ風を受け流せるように飛行する。この飛行方式を「グラビティターン」という。このように飛行すると、重力(グラビティ)の影響で、放物線のように飛行経路が勝手に徐々に下方へ曲がっていくため、この名前がついている。

グラビティターン中は、対気速度ベクトルと並行にロケットの姿勢を合わせる。ということは、ロケットの発射方位角(普通は東向き)に向かって追い風の場合と向かい風の場合では、姿勢と軌道が異なることになる。下の図に示すように、追い風を想定して飛行経路を設計する場合、ロケットの相対速度を合わせるように飛行経路も下流に流され、無風の場合よりも低い飛行経路となるのは、何となくイメージして頂けるだろうか。

この風向きと飛行経路の関係に「逆では?」と違和感を持たれた方は、本記事最下部の補足をご参照頂きたい。

グラビティターン軌道と追い風の影響

冬は追い風、夏は微風

飛行経路を設計する際に用いる風モデル(風向きと風速。高度の関数であるのが普通)は、季節によって異なる風モデルが用いられる。冬は偏西風が強いため、東方向に発射すると追い風となるが、夏はほぼ無風に近い。すると、上図のように、夏季の飛行経路は夏以外の季節よりも、ノミナル飛行経路が高い軌道を取ることになる。

低い経路は重力損失が小さい

夏だけ打上能力が低下する理由を理解する上でもう一つ重要なことは、重力損失である。ロケットの目的は衛星を軌道投入することであり、そのためには水平方向の速度が必要である。大気圏を抜けるために一旦上方向に加速するが、上方向の速度は軌道投入に全く寄与しない。これを重力損失という。このため、ロケットはなるべく早く横に倒れて水平に加速する方が重力損失が少ない。

低い軌道を取ると、大気密度が高い空間を長く飛行するため、空力損失が増加してしまう、と思われるかもしれない。確かに正しいが、一般的にロケットの飛行中の速度損失は7割くらいが重力損失であり、他の損失に対して支配的である。

上の図に示したような高い夏季の経路と、低い経路を比較すると、高い経路は水平加速に至るまでに、より多くの上方向加速を必要とするため、重力損失が大きい。これにより、夏だけ打上能力が低い結果となる。

季節ごとの風の吹き方は発射点ごとに異なるため、この傾向は日本のロケットの特徴と言える。なお、H-IIAでは南に発射するはずのSSOでこのような傾向が見られるのは、種子島の南海上の有人島を避けるため、SSOミッションでも一旦南東方向に発射するためだと思われるが、真偽は分からない。

補足

上図において、風向きと飛行経路の関係に違和感を持たれる方は、次のようにお考えなのではないだろうか。

グラビティターン中は、追い風が吹くと風見安定により機首上げとなるため、飛行経路は無風時より高くなるはずでは?

確かに、例えば無風で飛行経路設計したにもかかわらず追い風が吹いた場合は、ノミナル軌道よりも高く飛んでしまう。だからこそ、追い風を前提に飛行経路を設計するときは、無風のノミナル軌道よりも低い軌道を狙っておく必要がある。このように考えると、上図の関係に納得がいくと思う。