固体とゴムと気体の弾性

投稿者: | 2019年11月23日

ゴムの弾性

ゴムは固体と言えるのだろうか?放っておけば気体のように拡散せずに形を 保っているので、固体と言えるかも知れない。でも普通の金属などの固体と違っ てグニャグニャと大変形させる事が出来る点が、何となく気体のようにも思える。 しかし、ゴムを冷やしてある温度以下にすると、カチカチになって明らかな固体 になる。一体どっちなのか?

固体も気体も、押し潰せば反発力が働き、力を抜けば元に戻る。この性質を 弾性という(固体をある限度を越えて変形させると元に戻らなくなり、これを塑 性変型と呼ぶが、今回は弾性変形の範囲の話である)。当然、ゴムも弾性がある。 実は、同じ弾性でも固体と気体とでは全く違う弾性なのだ。弾性にはエネルギー 弾性とエントロピー弾性の2種類があり、前者は固体、後者は気体の弾性である。 ではゴムの弾性は?その前にそれぞれの弾性について説明する。

2つの弾性

シリンダーに物質を密に入れ、それをピストンで圧力Pで押し潰すことを考える。 中の物質は固体でも気体でも良い。物質の内部エネルギーをUとすると、その変 化は熱力学第1法則と第2法則から、$$dU = dQ – dW = TdS – PdV \tag{1}$$ と表され、温度一定の元、Pで整理すると、

$$P = T\left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_T – \left(\frac{\partial U}{\partial V}\right)_T \tag{2}$$

と書ける。このように圧力つまり弾性力は2つの項で表される。直感的意味は、

  • 第1項 … エントロピー弾性
    • 温度一定で体積を変化させた時のエントロピーの変化から来る弾性力。エントロ ピーが増大しようとする力とも考えられる。取り得る状態の数(原子の配置など) が大きい場合に効いてくる。
  • 第2項 … エネルギー弾性
    • 温度一定で体積を変化させた時の内部エネルギーの変化から来る弾性力。ポテン シャルエネルギーが最小になろうとする力とも考えられる。原子間の結合力など のポテンシャルエネルギーが大きい場合に効いてくる。 

ここまでは固体と気体の両方について言える。

固体の場合

金属の様に結晶構造の固体(普通の固体)は、原子間の結合力が大きく、 原子の配置に自由度が少ない為エントロピー弾性の項は小さく無視でき、ほぼ エネルギー弾性だけが効いている。エネルギー弾性の項は正にも負にもなるので、 負の圧力の言うのもあり得る(引っ張った状態)。

気体の場合

分子が自由に飛び回っており、エントロピー弾性の項が大きい。理想気体で はエネルギー弾性の項が0になるが、実在気体では無視できない場合も多い。 いづれにせよ殆んどエントロピー弾性なので、常に正の値しか取らず、負の圧力 になることはない。状態方程式 $$(P – \frac{a}{V^{2}})(V – b) = RT \tag{3}$$に従う1モルのVan der Waals気体の場合に具体的に各項を求めてみると、第1項 はMaxwellの関係式から、

$$T\left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_T = T\left(\frac{\partial P}{\partial T}\right)_V = \frac{RT}{V – b} \tag{4}$$

と求まる。

第2項は、式(1)に、エントロピーの全微分

$$dS =\left(\frac{\partial S}{\partial T}\right)_VdT +\left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_TdV= \left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_TdV (∵ dT = 0) \tag{5}$$

を代入し、

$$dU = \left\{T\left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_T – P\right\}dV \tag{6}$$

$$ ∴ \left(\frac{\partial U}{\partial V}\right)_T = T \left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_T – P = -\frac{a}{V^2} \tag{7}$$

と求まる。第2の等号で式(4)と式(3)を用いた。

Van der Waals気体のの補正項\(a\)が直接、エネルギー弾性に 影響する、つまり\(a\)が原子間に働く力の事を言っていると分かる。当然、\(a=0\)で ある理想気体にはエネルギー弾性がない。

ゴムの場合

温度による

ゴムの様な高分子材料も、普通の固体の様に原子や分子間の結合は強く、エ ネルギー弾性は小さくない。が、結晶ではなく、非常に長い分子の鎖が絡まった ような構造をしていて自由度も多く、エントロピー弾性も小さくない。その相対 的な大きさは温度によって変化し、低温では分子の結晶化が進む為、エネルギー 弾性が支配的になって固体の様になり、常温~高温ではエントロピー弾性が支配 的な振る舞いを見せる。エントロピー弾性が支配的になった極限のゴムを理想ゴ ムという。

Gough-Joule効果

今、理想ゴムを引っ張る事を考える。 理想気体と理想ゴムでは、エネルギー弾性項を無視して次のように書ける。

$$p = T\left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_T \tag{8}$$

すなわち、\(PはT\)に比例し、その比例係数は\((\partial S/\partial V)_T\)である。 この係数の符号を考えることで、ゴムのエントロピー弾性は、次のグー・ジュール効果 (Gough-Joule Effect)という、気体とは正反対の挙動を示す事を理解できる。

  • 引っ張ったゴムを暖めると圧力が下がる、もしくは縮む
  • ゴムを引っ張る(圧力を下げる)と温度が上がり、元に戻すと温度が下がる

前述のように、気体は体積が増えるほど取り得る状態数が増え、 常に\((\partial S/\partial V)_T>0\) である。しかし、ゴムを引っ張って伸ばし た(鎖が伸びた状態)場合、適度に弛んだ状態よりも取り得る状態数が減ってし まう為、\((\partial S/\partial V)_T<0\) となる。よって上記の挙動を示す。

この効果は、ギターの音程が弦の温度によって変わったり、太い輪ゴムを口に当 てて伸び縮みさせると温度変化を体感できる、という具体例に見る事が出来る。

結局、ゴムは固体と気体の両方の性質を併せ持つような持たないような、 という中途半端な結論に至る。

  • 2002/10/23 作成
  • 2003/06/07 Gough-Joule効果を加筆、その他小さな修正
  • 2012/06/01 説明を補足
  • 2019/11/23 WordPressに移植 (元記事